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解き放たれしソフトウェア

GNU/LinuxなどFLOSSについて書いてみるつもり

Debian の作者 Ian Murdock の死にまつわり

GNU ディストリビューション Debian GNU/Linux

Debian の創始者の Ian Murdock 氏が死去したとの報が、年末の世界を駆け巡りました。 死去の前に Twitter で不適切ツイートがされていて、そしてアカウントごと消されたと思ったら、死亡です。 (死因は伏せられていますが、自殺予告ツイートをしていたことから「自殺」という邪推も有力です。)

ちなみに、"Debian" の "ian" は、彼の名に由来しています。 Debian -- About Debian

Debian は、プロジェクト名としては "Debian Project" が正しく、ディストリビューションの名称としては単に "Debian" でよいと思われます。

ただ、 Debian は、ユーザーランドは GNU でも、カーネルには Linux と kFreeBSD(FreeBSD カーネル)と Hurd (GNUカーネル) が現存しているため、

があります。

Ian 自身の著述でも、 Debian のオフィシャルの文書でも、残念ながら、"Debian Linux"と"Debian GNU/Linux" で表記のゆれがみられて困惑させられます。

しかしやはり、 DebianフリーソフトウェアGNUGPL の理念に賛同し、さらに一時期は Free Software Foundation (FSF) の支援までも受けていました。 OS の名称としては "GNU/Linux"が正しいのは言うまでもありませんから、DebianGNU/Linux 版は "Debian GNU/Linux"と呼ばれるべきでしょう。

しかし御存知の通り、マスコミのほとんどは "GNU/Linux" という正しい呼び方をしません。 フリーソフトウェア思想がプロプライエタリを否定していることが、大資本支配の社会構造と合わないからです。 例えばマイクロソフトやアップルや、パソコンメーカーなどなど多くの企業はプロプライエタリによる社会設計によって生きているわけです。これら企業が広告主になりうるマスコミは GNUFSF を積極的に報ずるわけがなく、むしろ世の中から消せるだけ徹底的に消そうとしています。

これは偏向報道、誤報のたぐいです。 それに対して比較すると例えば、政治報道で共産党社民党の主張や動向を消しますか? 公正中立ではなくなるから、消してはならないわけです。同じように、たとえ都合が悪くとも、"GNU/Linux というOS" と報道しないと報道倫理違反なのですよ。

そしてこうしてOSを"Linux"と呼ぶことが「普通」にされているので、よく知らない人は皆、「Linux というOSだ」という誤解を据え付けられて、自覚もありません。間違っているという認識すらないんです。

こういうのも、社会によるマイノリティ差別の典型的構造だと思います。差別している人間に、偏見のせいで差別している自覚すらないんです。これは救いようがないんですね。悪の自覚がないから。

Ian Murdock は、GNU/Linux ディストリビューションとして著名な Debian の創始者」と報じられるべきでしょう。

とはいえ Debian を去ってからの彼は、 Sun Microsystems (現 Oracle) に勤め、そして今は Docker に雇われていたそうですから、やっていることからして結局、フリーソフトウェア思想家というよりオープンソース派になってしまったとは思いますが……(でももしも当時の情熱が今も嘘ではなければ、フリーソフトウェア賛同者だともいえるはずです)

しかし彼が死んでも Debian は生きているのですから、 DebianGNUディストリビューションであることは正しく知られなければなりません。 DebianGNU/Linux を普及させるのに重要な役割を果たしています。そして例えば UbuntuDebian のパッケージをまるごと借用したうえでつくられています。Ubuntu 派生ディストリビューションも間接的に Debian から借用しているわけです。 それくらいに Debian の重要性は高いわけです。

彼がこの世に居なくとも、Debian の名においてはまだまだ生き続けるでしょう。