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解き放たれしソフトウェア

GNU/LinuxなどFLOSSについて書いてみるつもり

「キュレーションメディア」による著作権侵害騒動に思うこと

ライセンス 著作権 法律 インターネット

DeNA(ディーエヌエー)という、ネットオークションのビッダーズで大きくなって上場し、「モバゲー」に収益源を移した企業があります。 いま、「WELQ」をはじめとする自称「キュレーションメディア」でフリーランスライターに剽窃記事を書かせてそれを掲載したのがバレて渦中にあります。おそらく広告料収入で売上を上げていたと思われます。

まとめサイト」がそもそも著作権侵害の疑い

近年は「まとめサイト」があまたあります。その多くは、他所からの情報を拾い上げて*1編集し(「まとめ」)、それを掲載して広告料を稼いでいるようです。そんなことをして利益が出るのかはともかく、売上を出し、あるいは出そうとしているわけです。 以前から「2ちゃんねる」が「まとめサイト」に対して怒っていますが、「2ちゃんねる」は過去ログを非公開にして、閲覧は有料にして稼いでいるので、「まとめサイト」に転載されると困るわけです。

日本では、著作物をコピーしてきて使うには「引用」という形式があります。 出所を明示するほか、自身の著作部分の方が主になるように作る必要があります。

まとめサイト」の多くは「引用」の部分大半ですから、自身で著作したとはいえないでしょう。 つまりは、編集した、いわばデータベースのようなものにすぎません。 「まとめサイト」という時点で既に、作り方によっては違法になることもある、際どい制作物です。

その点でいうと、アメリカには「フェアユース」の判例があって、一定の条件を満たせば著作物を利用可能です。 パクリで儲けようとなるといけませんが、「フェアユース」の範囲でならば著作物を使えますので、 社会の需要に応じた線引きがなされていて、違法行為をしなくても著作物を活用可能です。*2

「キュレーションメディア」という言い訳

ディーエヌエーがやったのは、「まとめサイト」ですらなく、いわゆるパクリ(剽窃)のウェブサイトです。

フリーランスのライターを募集して記事を書かせ、記事の書き方を指南する。 その書き方が、他人の著作物をコピーしてきたうえで改変し、自力で書いたかのような記事に偽装してしまう*3という、つまりはパクリをやれと指示していました。 そうして、表面を取り繕った記事を粗製濫造して掲載していたわけです。

ディーエヌエーは、「キュレーションメディア」だから自社は責めを負わないと主張していました。 「キュレーション」とかいう多くの人には意味不明の語彙で「お茶を濁し」、逃げていたのです。

しかし、ウェブサイトを公開する立場なのですから、公開しているウェブサイトの内容に責めを負わないという言い訳は立たないでしょう。違法著作物や虚偽の記事を掲載していれば、掲載しているサイト管理者自身も責めを負うでしょう。実行犯かどうかというだけのことです。

比較すると例えば、堀江貴文時代のライブドアも始めていたパブリックジャーナリズムというものがあります。 本業ジャーナリストではなく一般人が取材したり記事を書いたりするものです*4。 そこにおいても、(プロジャーナリストが監督する)編集デスクが記事を吟味して、掲載の可否を判断したり、必要に応じて内容を直したりしていました。 つまり、「ライブドアニュース」の責任で掲載していたわけです。 まあ、当然でしょう。

他方で「2ちゃんねる」のような掲示板だとまた話は変わってくるのでしょう。それはそもそも、ウェブサイトの公開者自身が記事(投稿)を作らせてはいないからでしょう。それでも、故意に違法著作物や虚偽内容を公開したり、故意でなくとも一定の過失があったりすれば、責めを負うことにはなるでしょう。

「キュレーションメディア」というのは屁理屈で、真っ黒ですね。

パクられないためのライセンス明示

他方の、自力で著作した側が、どうやって「パクリ」を予防するのかというと思いつくのは、ライセンス明示です。

社会常識になっているべき、また教育されるべき事実として、ライセンス不明="All rights reserved"であるということがあります。 しかし、その意識が希薄であったり、ライセンスが明示されていないと規範意識が沸いてきづらい人がいたりします

そもそもパブリックドメイン*5でもなければ、著作物の名義を書き換えて自力で創ったように偽装することは違法です。*6

パブリックドメインのライセンスでなければ、例えば Creative Commons でも "BY"(by mannar)の条項があり、名義改竄禁止が明示されています。 こうした外部の一般人でも援用可能な既存のライセンス条項がありますから、これを記載すればよいわけです。

ちなみに「2ちゃんねる」なんかは「匿名掲示板」で投稿自体は誰が書いたのかわからないうえに、「2ちゃんねる」自身はそれを「横パス」しているだけだからこそ、「まとめサイト」に盗用されてしまいがちなのでしょう。

倫理観がない企業達

「事実上可能だから、技術的に可能だから、やってしまう」という人、事業にしてしまうという企業が多いです。

ただ、アメリカだと「フェアユース理論」がありますから、グーグルがロボットクロールでキャッシュを録って公開したり、Twitter のユーザが ReTweet などで他人の投稿を複製したりすることに関してもおそらく、適法ということになっているのでしょうね。 また、適法だという判断をしてしまう背景にはやはり、そうしないと社会が立ち行かなくなったとか、ビジネスにならないと困るとかいう事実状態があるのだと思います。*7

日本に関しては、英米のような判例法ではありませんし、そうした理論を盛り込む法令を制定するというのが原則でしょう。 そうした法規がないとなると、「本当にいいの?」という自問自答をすべきですし、する必要があります。 実は「ReTweet っていいの?」(だって、引用じゃなくて転載にならない?)という疑問を、例えば、もたないといけないのです。

結局は、社会事実上も許さざるを得ないし、Twitter に関しては RT はもう公式のシステムになっていて他人にRTされるかもしれないという前提で投稿しているし、往々にして RT する方も一般人で原投稿を利用して儲けているわけではない事例が多いと思われます。当事者意思の合理的解釈として OK なんだろうという話にもなるのでしょう。

しかし、そうした社会的事実を背景にしてか、著作物にタダ乗りして稼ぐ企業が増えてきたように思います。 韓国資本の Naver という、ライブドアの事業も廉価に買収し「LINE」も始めた企業がありますが、 Naver も「Naverまとめ」というウェブサービスをやっています。一般利用者も「まとめ」を投稿可能なサービスです。*8 そのときに、前述の通り、「まとめサイト」っていいん? という疑問が涌いてきます。改変せず出所を明示して必要なところだけ「引用」をしているからおそらくセーフだろう、とは思われるのですが、他方で他人の著作物にタダ乗りしているのも事実です。

RT や「まとめ」をやる人は、「皆、自分の記事を広めて欲しいだろう」という固定観念をもっているのかもしれませんが、本当にそうでしょうか? もちろん、そうではないわけです。学術論文みたいに「引用された数が多いのがステータス」というのならばまだしも、世間に垂れ流されている著作物の大半は思想や感情を吐露したもので、それを他人に「コピペ」されて広められるのが喜ばれるとはかぎりません。*9

そうした偏見に基づいていたり、ときには差別になったり実害が出たりする行為を助長するビジネスを、まず企業倫理としてやっていいのかという問題があります。また、それに投稿する人もそうです。 その点を自分の脳でよく考えないといけないのです。

残念ながら、中国文化圏は、自分の脳で考える倫理意識よりも、国家社会から強制されている法令に遵守するという意識の方が遥かに高く、日本人であれ韓国人であれ中国人であれ、「法令に違反していなければビジネスとして許される」「他がやっている(取り締まられていない)から許される」、コンプライアンス=法令順守だと思ってすらいる人が多いです。

そして、景気が悪い、稼げるビジネスが少ない、欧米に負けたらいけないというグローバリゼーションの時代。 上場したけど資本の回転する、売上の出るビジネスを開拓したいといけない、本業は衰退していく!っていう恐怖に内心おののいている経営者・企業もおそらくよくあります。 そうした企業は、倫理的に疑わしくてもやるし、そのうち倫理規範も失われていきます。なにより業務担当者自身が、自己保身に必死で、稼ぐのに熱中して、倫理観を失います。

日本の政財界、マスメディアや広告代理店、社会風潮も、経済振興だと思っているのでしょう。 「若いもんのやりたいようにやらせよう」みたいに言って、それで大金が動くのを大喜びします(景気が悪い時代に「経済効果」が出るのを熱望していますから)。 そうして、ヤバいものでも黙認しています。

しかし、勢いがありすぎて社会体制を変えてしまいかねないという企業が出てくると社会を握っている人や企業達は、手のひらを返して、なんとか理由を見つけて叩き始めます。 そうやって国家社会体制を維持していくのは、日本人の特徴だとすらいえます。 「欧米に付いていきたい」という受動的な動機がある一方で、既成事実を変えたくないと思っています。一般庶民ですら、暮らし向きを変えたくないと思っている人が多く、世の中が変わるのを怖がります。

ともかく、実際に法令違反があったといえばそうなのでしょうが、そうやってライブドアもグリーも、そしてディーエヌエーも、叩かれてきたわけです。

例えばライブドアが大金を動かしてくれてマスメディアや広告代理店もウハウハだったんですが、いざ堀江貴文が社会を変革しようとすると、既得権益を奪われると思った彼らは手のひらを返しました。

例えばグリーの「ガチャ」の射倖心問題にしてもそうです。 当初は、グリーは大金をぶち込んで広告を撒いて、テレビ局も大喜びだったのでしょう。 しかし、勢いがありすぎると、どこからともなく叩かれます。

まずは日経新聞が、課金ガチャ(確率でレアアイテムが出るもの)が射倖心を煽っているということで批判をする記事を掲載しましたのが先鞭だったと思います。日経新聞ですから、上場企業を批評するためのマスメディアです、グリーは上場企業ですから、批判記事も書きはします。*10 実際には、ガチャでカネが儲かるわけではないため、賭博そのものではありません。ただ最終的な落とし所として景表法を持ち出して、グリーも血祭りにあげられました。

本音としては、社会から飛び出すぎたグリーを叩きたかったんでしょうね。そういう恣意的な目的がある。 そして、ソーシャルゲーム依存症の子が親権者の契約した端末でキャリア決済して大金を費消してしまい、親権者の監督が成っていないのがまず悪いにもかかわらず、それをグリーに押してつけた形。*11 ええ、あくまでも本音であって、さとられないように隠していますから、立証不能ですが。

つまり、本来の社会のあるべきありかたは、倫理的にまずくなってき始めた段階で批判される、実害の規模が大きくなる前に違法行為が指弾されることなのです。

だからまず、倫理的にまずくなってきたときに批判をする、例えば不買をし始めるということをするのは主に、一般人であり、一般人が自分の脳で考えるようになり、そしてそうした批判を公言することが許される社会にならないといけない。 カネのためとか、「しかたがない」とか、他人事とかいっているとダメでしょう。 ちなみに、日本社会では、上場企業の株主というと企業・機関投資家(金融機関)そして富裕層という特権階級なので、「上場企業が悪いことやっている」ということも一般人からすると他人事になってしまっている、ここにアメリカとの相異、異常性があると思います。

企業の経営者にしても管理職にしても業務担当者にしても、人です。そうした人々が自分の脳で考え、意見を内部組織に言え、黙殺されないようにせねば、自浄作用はありません。

また、カネのため、カネもらっているから、というような理由*12でマスコミが批判し始めるのが遅い、意図的に遅くしている、かりに書きたい言いたいジャーナリストがいても、記事が上がってきたとしても、経営陣や編集陣が消し去っているのだと思われます。 実際に、第2次安倍時代のマスメディアの様相をみればわかるでしょう。 *13

こうした本質について議論しないと、ただ単に一例だけをとりあげて吊し上げるだけでは、解決はしないでしょう。 法律というものの社会的な在り方、(法律や宗教上の教義ではない)倫理に関する規範意識についても、考えないといけません。 政治のやり方、統治の在り方についても考えないといけません。

日本は、自分の脳で考えない人間を意図的に生み出して国家社会の「成長」を進めてきました、だから「指示待ち」「学力低下」「思考停止」になっていきました。怒られるから、干されるから、意見を言わなくなったし、思考すらもしなくなっていきました。脳内は、学校やマスコミや、周囲の人々や、インターネット上にあることばかりで形成されるようになってしまいました。 その構造は、天辺で国家社会を操作する者が賢いのであればまだ成り立っていたのかもしれません。しかし「民主主義国家」なんだったら、この構造は成り立たないと思います。

*1:cherry pick ですね

*2:ふと思い当たるのは、音楽著作権の包括許諾契約のことです。JASRAC(信託業務をしている著作権者)がラジオやテレビなどの放送局ばかりと結ばれていた包括契約は、音楽を売るビジネスモデルと直結していました。包括契約があってマスコミに音楽を垂れ流すことで、売っていたわけです。その必要性が次第に「放送」から「通信」へと移りました(レコード会社自身も音楽を配信して稼ぐようになりました)。素人が動画配信で音楽を使うという需要が高まり不可避になったのもあって、大手動画配信サイトの多くが包括契約を結ぶようになりました。包括契約がないと、動画投稿者も公衆送信者も法令違反と民事罰に問われてしまいます。

*3:著作財産権のみならず、著作者人格権の侵害でもあります。

*4:これは行き着くところ、デモクラシー(治者と被治者の同一性)にも繋がる発想です。特定のマスメディアによる情報管理と煽動を打破することになります。

*5:ただし日本法では、著作権を行使しないというだけで、放棄はないはず。

*6:パブリックドメインでも実体法的、あるいは倫理的に、「いいの?」という疑いは濃厚ですが……

*7:著作権には財産権性と人格権性があり、財産性の観点で「俺の著作物にタダ乗りして儲けんなよ!」という紛争が当然にでてくるわけです。アメリカでは特に財産性を重視しますからむしろ、「使っていいか否か」の基準を明示する必要性に迫られたのかもしれません。

*8:ただ、広告目的の「まとめ」記事が多いです。

*9:それどころか、クリプトン・フューチャー・メディアの担当者の意思を確認せずに某広告代理店が勝手に初音ミクで企画を進めてしまって、担当者が不満を吐露したという事件もあったぐらいで、だれしもが「有名になりたい」とか「儲けたい」とか思っているわけではありません。

*10:大概は宣伝で、経済効果が出る、儲かると思うことを書きますがね。

*11:率直に言って、親世代は国家社会のために労働して来い、我が子のことはあまり面倒みられないだろうがそれでいい、というのが日本社会です。戦後は、軍事ではなく経済面で欧米並みにすることが目的で、会社人間、企業戦士を生み出してきました。今は「社畜」って言いますね。

*12:マスメディアは広告料収入が減り、必死です。景気が悪いから企業は、公益(メセナCSR等)よりも、売上に繋がることを重視し、CSRも収益との関連性を求めます。売上につながらないことをするな、つまり広告効果がないんなら広告費を出すなという世の中になりました。そうして株主にも突き上げられます。だから、広告出稿は減り、とりわけテレビなんかは特定の企業ばかりが大量出稿するような状況です。

*13:ちなみにNHKも、カネを出しているのはテレビ設置者でありながら、経営の生殺与奪を握っているのは(株主と似たようなものなのは)政府なので、政府寄りの経営になっていったわけです。