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解き放たれしソフトウェア

GNU/LinuxなどFLOSSについて書いてみるつもり

フリーソフトウェアは、自己管理(己の面倒は自らみる)ってこと

今年も FSF が恒例の財源強化キャンペーンをしていて、寄付を募っています。 "A message from RMS: Support the Free Software Foundation"(FSF, 2016-12-29)

フリーソフトウェアは、対価の支払を強制せず、いずれにせよ対価払わなくたって使えます。 厳密に言えば、寄付すら「対価」ではありませんし。 であれば、コードを書く時間や労力をどこから出すのかということも課題ですし、時間を割いたら生活費はどうするのか、どうやって食っていくのでしょうか。 だから、カネを持っている者は寄付するということは重要です。そのソフトウェアを使っているのもどこぞのエンジニアということはよくありますが、それならば互いに寄付してでも、互いに食っていけるようにする共同体を確立することが重要だと思うのです。

さて、セルフコントロール、セルフマネジメント、言い換えれば自律ですが(自立でもありますが)、そのためにはソフトウェアにもフリーダムが必要なのです。

我々は、ソフトウェアの奴隷でもないし、ソフトウェアのデヴェロッパというものが特権階級になってもいけないのです。

たとえコードを書けない人であっても、それは個人的な能力の問題であって、身分の問題であってはなりません

ソフトウェアの制作が特権化して、特定の企業や集団だけにしか、ソフトウェアを改造するどころか、ときにはソースコードを見ることすらも不可能ということ、それがプロプライエタリです。

自分のハードウェアに何をやらせるかを決められないどころか、もしかするとバックドアがしかけられて自分を裏切っているということすらあります。実際にしばしば起こっていることなのです

ソフトウェアの制作が特定身分の特権だったら、ユーザがやれるのはせいぜい苦情の申し出か、そもそも買わない使わないか、それくらいしかありません。 自力で直せません。

オープンソース」でもダメです。ソースコードが見えるということは問題の本質を解決していません。 繰り返しますが、ソフトウェアの制作が特権であってはならないのです。

フリーソフトウェアというのは、ユーザが制作者にもなりうるのです。 納得がいかなければユーザ自身が書き換えて使えばいいわけです。バグリポートを出すかどうかということすら別の話で。

そして、いわゆるコピーレフトである必要があるのです。 いわゆるBSDやMITライセンスのようにパーミッシヴ(lax;ゆる)ライセンスでは足りません。 パーミッシヴライセンスでは、改変された派生物がプロプライエタリになりえます。 改変して、バイナリで交付して、中身は見せない。

実際に、Apple は、 FreeBSD を利用して MaciOS といったプロプライエタリ品に造り替えています。 そうして少なからぬ人が Apple を信仰して、 MaciPhone などに使用されています。 中身はわからないし、バグがあっても Apple の対応次第で、生殺与奪を握られています。時々、アップデートしたら壊れます。俗に「文鎮化」とかいわれています。桂文珍化なら笑えますけれどね。

Linux は GPLv2 のコピーレフトで、そこから派生した Android OS もフリーソフトウェアです。 ところがそれすらも、実際に販売されている Android 端末はプロプライエタリです。なかには root 権限もとれない機種が少なくありません。 Android OS がフリーソフトウェアであっても、端末メーカーは独自のハードウェアに独自のソフトウェアを組み込み、プロプライエタリ化してしまうのです。 そうして OS のアップデートすらもメーカーが配布するか否かに左右されています。だからいわゆる「バージョンのフラグメンテーション」、つまり、メジャーバージョンのアップグレードが不可能なまま取り残される端末が多発しているわけです*1

AppleFreeBSD を選択したのは、パーミッシヴライセンスの方が商売に都合が良かったからGoogleLinux を選択したのは、コピーレフトライセンスでも構わなかったからなのだといえるでしょう。

Linuxコピーレフトであるにもかかわらず、「オープンソース」をより強調するようになったのは、その方が運営資金やデヴェロッパ確保に有利だったからでしょうし、Linux デヴェロッパの中には、プロプライエタリ寄りの営利企業に雇われて食っている人が少なくありません。 だから Torvalds 氏も、「オープンソース企業」を善く言うでしょう。 LLVM Clang (パーミッシヴライセンスのコンパイラ)が普及し始めたときにも、まるで「選択肢があるのはいいことだ」というような感じの態度をとって、比較的好意的な態度をとりましたし。 かつて Linux に対して非協力的な NVIDIA に激怒してみせたときにも、それは「オープンソース企業」にとっても愉快なことであったわけです。 こうして、Linux デヴェロッパ達の社会的地位を保全しているんです。

GoogleFSF にも寄付をしているようですが、どんだけ本気なのかというと、疑わしいです。 それは、Chromium をパーミッシヴライセンスにすることで利用して、プロプライエタリGoogle Chrome を出すという商売をしていることからも判ります。 ただ GoogleApple と異なり、ソフトウェア本体を販売するよりも、販売するサービスを利用するプラットフォームとしてソフトウェアを頒布しているのです。

私はゆるキャラも好きではありませんが、ともあれ、ゆるライセンスではまだダメなんです。

*1:Android に比べると、iPhoneApple しか造っていないので、 Apple の判断で普遍的にアップグレードが提供されます。